2018年11月1日よりタイトルをWCA(世界の時事)に変更しました。
「利上げ」
FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)利上げ延期決定に対して、ニューヨークの証券取引所では株価が値下がりした。また、円高が進み、日経平均株価も値下がりした。
これは一見すると不思議な現象である。利上げ延期になれば、これまでと同じように投機を続けることが可能であるはずだからだ。
なぜこうした動きが生じたのだろうか?そして、今後はどうなるのか?
FRBが利上げできないほど新興国経済の問題が大きい
仮に株価や為替レートが、利上げが9月に行なわれることを織り込んでいたとすれば、それが実現しないと分かったので、逆方向の動きが生じるはずだ。円高については、この解釈どおりのことが起きた。しかし、この解釈によれば、株価は上昇するはずである。
しかも、利上げは、延期になっただけのことであり、中止になったわけではない。利上げは、今後確実に行なわれる。不確実なのは、時期と幅だけだ。
したがって、現実の動きを説明するものは、「FRBが利上げできないほど経済状況が混沌としている」ということしかない。ここで重要なのは、つぎの2つだ。
第1に、この場合に問題とされている「経済情勢」とは、アメリカ経済のそれでなく、新興国経済のそれである。
つまり、金利引き上げによってアメリカ経済の成長率が下がるから引き上げられないのではなく、新興国の経済が悪影響を受けるために、アメリカが金融正常化できないのである。
第2に、新興国経済とは、中国経済だけではない。一般に、現在の世界経済動揺の震源地は中国だと言われている。確かに中国経済の状況は深刻だ。しかし、中国経済は、日米経済には直接影響しない。なぜなら、中国は海外からの資本流入を規制しており、外国からの資本流入はそれほど大きくないからだ。したがって、世界経済との金融的な取引は、それほど大きくない。
投機資金が流入しているのは、その他の新興国である。とりわけ、以下に見るように、資源輸出国だ。利上げが実施されれば、これらの国からの投機資金流出が加速化し、経済が混乱することが懸念されているのだ。
金融緩和で実力以上の資金が流れ込んでいた
新興国が現在困難な状態に陥っている原因は、これまで新興国経済に実力以上の投機資金が流れ込んでいたことだ。これは、つぎのような指標で見ることができる。
第1は、資源価格の上昇だ。
これには「爆食」とも呼ばれた中国の資源消費の急増の影響もあるが、投機の影響も大きかったと考えられる。
これによって、新興国の通貨が増価。株価も上がった。これが第2の指標だ。新興国が自国通貨建てで発行した債券には、高利回りや通貨高に引き寄せられて、巨額の資金が流入したのである。
ウォール・ストリート・ジャーナルの記事がこれを分析している(「新興国の通貨安、債券投資家の痛手に」)。
そこに掲載されている図によると、新興国の政府と企業による借入額は、昨年1兆4000億ドルの過去最高を記録し、今年の借り入れもすでに7500億ドルに達している。
バブルの終了で資源価格が下落先進国にとっては好材料だが…
アメリカの金融正常化によって、この状態が終わるのだ。
まず、資源価格が下落する。2014年夏以降、原油価格がピークから6割以上も落ち込んだ。また、鉄鉱石や銅などの価格も急落した。中国経済の減速の効果もあるだろうが、それは急に起こったことではない。それより、投機が剥げ落ちた効果のほうが大きいだろう。
理由はともあれ、資源価格下落によって新興国経済が困難な状態に陥り、その通貨や株価が急落した。
岡三証券のデータによって対円で直近1ヵ月の騰落率を見ると、インドネシア・ルピアが7.9%下落したほか、ブラジル・レアルが13.8%安、ロシア・ルーブルが3.3%安、南アフリカ・ランドが6.8%安と総崩れ状態になっている。
なお、直近3ヵ月で見ると、インドネシア・ルピアが10.4%下落、ブラジル・レアルが23.8%安、ロシア・ルーブルが20.3%安、南アフリカ・ランドが10.7%安と、直近1ヵ月より下落率が大きい。これは、新興国の通貨下落は、しばらく前から始まっていたことを示している
さらに、新興国国債が暴落した。これは、前記、ウォール・ストリート・ジャーナルの記事によっても見られる。
また、JPモルガンが算出するGBI-EMグローバル・ディバーシファイド・インデックス(JPMorgan Government Bond Index-Emerging Markets (GBI-EM) Global Diversified)を見ると、新興国通貨建て債券は年初来のトータルリターンがマイナス12.3%を記録している。
その一方、ドルやユーロといったハードカレンシー(国際決済通貨)建ての新興国債券は、今年のリターンがマイナス0.6%となっている。
以上のように資源に依存する新興国にとっては厳しい状況が続く。
ただし、資源価格の下落は、資源消費国である先進国経済にとっては望ましいことである。とくに日本にとってはそうだ(ただし、資源価格下落は物価を押し下げることとなり、日本銀行のインフレ目標達成は、ますます遠のくだろう)。
日本株の変動は経済の脆弱性の表れいま最も必要なのは構造改革
以上のように、今後の円レートがどうなるかは、きわめて大きな不確実性に包まれており、見通し難い。
ただ、確実に言えることは、為替レートによって大きく変動するという意味で、日本の企業利益や株価は、アメリカのそれよりも大きな不確実性に直面しているということだ。
アメリカの企業利益や株価は、為替レートによって大きく変動することはない。現在、日本株の変動率がきわめて大きくなっているのは、このような日本経済の脆弱性が露呈しているためと考えることができる。
このような状況下で必要なのは、追加緩和を求めることではない。経済の構造改革を進めるべきだ。
長期的な課題として最も重要なのは、財政再建であり、社会保障制度の抜本的な見直しだ。しかし、安倍晋三内閣は、最も重要なことには何も手をつけていない。日本国債の格付けが引き下げられていることに注目すべきだ。