「大阪の魚」

画像の説明 実は今も魚の宝庫!大阪は漁業が盛んな街だった

佐野漁港でセリにかけられた魚。年間をとおして、多様な魚が水揚げされる

大阪が「なにわ」とよばれる理由をご存じだろうか? 一説には「魚(な)がたくさんいる海」=「魚庭(なにわ)」という呼び名に由来するといわれる。大阪湾の豊富な海の幸は、古来より「天下の台所」である大阪を支えてきた。

「え、そうやったん! 知らんかったわ」大阪の友人が声をあげた。じつはわたしも知らなかった。高校時代、大阪で過ごしていたにもかかわらず、である。

さらに友人は続けてこう言った。

「それ、昔の話やろ。いま、大阪で漁業ってやってるのん?」

ほかの友人たちにも聞いてみたが、「大阪の魚」に、あまりピンときていない。実際、大阪府クイック・リサーチ「おおさかQネット」の「大阪府豊かな海づくりプラン等の改定に関するアンケート」結果を見ると、「あなたは、この一年間に大阪湾で獲れた魚介類を購入、または食べたことがあるか」という設問に「ある」と答えたのは約3割だった。

全国において大阪の魚の知名度はあまりないが、当の大阪でも、影が薄い。どうやら「工業化で漁業が衰退。魚は獲れていない」というイメージが強いのだ。

しかし、とんでもない。大阪府内には13の漁港、24の漁協が存在しているのである。

消えない“澱んだ大阪湾”のイメージ
「大阪の魚って…大丈夫なの!?」

「大阪湾には河川が多く流入し、魚介類のエサとなる生物が豊富な好漁場。沿岸漁業が盛んです」

こう語るのは、岸和田市にある大阪府漁業協同組合連合会事業課課長の内藤晃さん。

「イワシ、アジ、カレイ類、アナゴ、スズキ、タコ、エビ類、カニ類、イカナゴ、シラスなどが漁獲されています」

想像以上に列挙されたさまざまな魚たちの名前に面食らう。それだけではない。驚くべきは、「ワカメやノリなど海藻の養殖もしている」ということだ。

大阪湾はいまも、魚の宝庫なのである。 

しかし、大阪の友人たちから多く聞かれた声がもうひとつあった。

「大阪湾の魚って……大丈夫やの?」

大阪湾は「工業のための海」。高度成長期の「澱んだ大阪湾」の印象が、根強いのだ。前述したアンケートの「大阪湾で獲れる魚介に対するイメージ」の結果は「新鮮でおいしいと」いう声がある一方、「食べるのに問題はないが進んで食べたくない」という回答も目立つ。

大阪の魚は、築地でも高評価!?

昭和30年代頃までは 海水浴を楽しむような身近な存在だった大阪湾は、高度成長期に沿岸部の開発による埋め立てや、公害による水質汚濁が進み、漁場環境に大きな影響を及ぼした。

しかし、その後、水質汚濁防止法や、水質総量規制制度などのさまざまな施策が講じられた。また、内藤さん曰く、「漁業者、行政、府民の連携で美しく豊かな大阪湾を取り戻すために、さまざまな取り組みが行われてきた」そうだ。

漁船に機具を装着し、海底の堆積物を撹拌し、酸素を供給することで魚の住みやすい海底に改善する「海底耕耘」、環境に配慮した漁場整備、ゴミの除去、水源地としての山を豊かにする植林活動など、ありとあらゆる環境改善を行い、透明度が年々アップ。いまや「清らかな大阪湾」になっている。

それどころか、きれいすぎるばかりに、ノリの養殖に必要なプランクトンが足りなくて色落ちしやすいなどの問題が起きているほどなのである。

内藤さんは「大阪湾の魚はそりゃあもう、バツグンに美味しいです。最高です」と力説する。ちなみに、内藤さんは市場に勤務していた経験がある。つまり、その美味しさは、全国数多の魚を見てきたプロが太鼓判を押すほどのレベルなのだ。実際、泉州沖で獲れる魚は、築地でも高い評価を得ている。

繰り返しになるが、今、大阪の魚はいたって「健全で美味しい」のだ。

大阪南部・泉州エリアでは
「地元の魚」を食べるのが当たり前!

大阪の漁港の多くは大阪市以南に位置し、南部の泉州エリアに集中している。冒頭に登場した友人たちは、ほとんどが大阪市内、あるいは北部・東部エリア在住だ。

では、漁業が盛んな泉州エリアの人々にとっての「大阪湾の魚」はどんなものなのだろう?

南海電鉄・南海難波駅から約30分。岸和田市・蛸地蔵駅にある、蛸地蔵商店街を訪ねてみた。昭和の風情が残る、昔ながらの商店街にある「フジモト食料品店」の藤本敏明さんに同じ質問をぶつけてみた。

「大阪湾の魚? みんな、そら普通に、地元の魚をよう食べますよ」と藤本さんが答える。

「カレイやろ、アナゴやろ、シャコにキスに、そうそうチヌ(クロダイ)もやな。大阪湾はもともと『ちぬの海』て言うしな」

古事記にも記されている「茅渟(ちぬ)の海」の名は、大阪湾にチヌが多く獲れて、「豊かな海であったこと」から、らしい。このあたりでは、さすがに歴史的雑学も頭に入っているのである。

明石に負けない!タコの産地!

「だんじりでもワタリガニは欠かさへんし」と藤本さん。岸和田を代表する「岸和田だんじり祭」では、秋に旬を迎えるワタリガニをふるまうのが習わしだ。

「あとガッチョな」。
 は? 
「あれ? ガッチョ知らん?」
知りません……。

ガッチョとは、ネズミゴチのことで、泉州地方に多く生息し「エサにがっつく」魚ということでこうよばれている。 主にから揚げにされ、泉州地方ではスーパーや居酒屋で定番中の定番だが、泉州以外の大阪府下ではお目にかからない。

フジモト食料品店で販売されている「ごより」。説明されなければまったくなんだかわからなかった…

「そうや、こんなん知ってる?」と藤本さんが、お店に陳列されていた「ごより」なるものを指差した。もちろん、知るはずもない。エビジャコ(小型のエビ)やネブト(テンジクダイ)など網にかかってしまった雑魚の頭を取り乾燥させたもの。

「売れる魚を取り出して後に残ったもの」だから「後寄り(ごより)」とよび、豆と一緒に炊いた「ごより豆」は泉州の郷土料理。まさに「浜のおかず」である。

そして数ある魚の中でも、このあたりでもっとも馴染み深いのが「タコ」である。

「タコはみんな、好きやし、よう食べるなあ」と藤本さん。泉州沖で水揚げされたタコは、ゆでダコ、唐揚げ、タコの煮もの、酢のものなどで、よく食されている。「タコ焼き屋の数も、大阪の中でもこのへんはえらい多い」らしい。食べるばかりか泉州では「お食い初め」にはタコの頭や足をくわえさせる風習は、当たり前だという。

しかし、タコといえば兵庫県・明石のタコが圧倒的に有名だ。「泉州のタコには泉州のタコのよさがある」と藤本さんが語る。

「やらかいねん。明石のタコはコリッっとしてるけど、このへんのタコは、やわらかさがええねん」

藤本さんは言う。

「泉州のは、なんかこう『のほほん』としたタコやし」

「のほほん」としたタコは、大変、地元で愛されていた。商店街の誰に聞いても「美味しい」「よう食べる」と声が上がる。

ここでは魚介が身近な存在だ。だんだん「大阪と魚」が近くなってきた。

3時のおやつはタコだった!?
タコ育ちの大阪の漁師さん

泉佐野漁協青空市場1Fでは、新鮮な魚介類を安く販売する店舗が並ぶ

泉佐野市・佐野漁港は大阪府下でも一、二を争う漁獲量を誇る。泉佐野漁業協同組合は、88名の組合員が所属。底曳き網漁が盛んで、イワシ、アジ、マサバをはじめ、岩礁に棲むクロダイ、カサゴ、メバル、マダコ、沿岸部の砂底にいるカレイやエビ、カニなど多種にわたる魚介が水揚げされる。

佐野漁港に隣接する「泉佐野漁協青空市場」では、毎日午後2時からセリが行われる。この日もさまざまな魚が並び、活気を見せていた。

「もともとは屋根がなくて、ほんまに青空の市場。昔は、とろ箱から逃げだしたタコが道路に這うてるし、アナゴがニョロニョロしてたわ(笑)」

と語るのは泉佐野漁業協同組合代表理事組合長・高倉智之さん。漁師歴38年、親の代から漁師で、底曳き網漁とタコ漁を行っている。

高倉さんにとっても、タコは身近な存在。「子どものころは、3時のおやつはタコやったもん。ここいらの漁師の子はみんなそうやと思うわ」というタコ育ちである。

泉佐野漁業協同組合代表理事組合長・高倉智之さん。高倉さんがタコ漁、息子さんが底曳き網漁を行っている

泉州沖はタコの好物であるエビやカニが豊富で、風味がよく美味しいタコが育つ。また、潮の流れが穏やかなため、やわらかい。「泉州のタコはうまい! 甘みが違うわ。食べたらわかる。ファンになるで(笑)」と高倉さん。

タコは通年獲れるが、いちばん漁獲量の多い時期は6~9月ごろ。高倉さんは、タコ漁をタコつぼ100個、タコかご300個を駆使して行う。季節に応じて移動するタコの位置を把握して沈める作業は、長年の経験がものをいう。

タコ漁は「タコとのかけひきや」と高倉さんは語る。

朝、出漁した船は昼過ぎに戻り、水揚げされた魚介類は、14時ごろからスタートするセリにかけられる。

「基本のエサはイワシやアジやけど、それをいろんな船がやっとったら、タコが飽きて食いつきが悪くなる。そのタイミングを見極めてエサを変えるのも大事やな」

道具も大事である。

「タコって、ごっつきれい好きなんですわ。あんなヌケたような顔してるけど、潔癖症やで(笑)」

つぼもかごも、少しでも海藻類などの付着物があると入ってこないため、こまめに掃除をして「ホテル並みにピカピカの状態」にする。

高倉さんが釣ったタコ。6月から本格的なタコ漁シーズンになる

「あとな、タコも進化すんねん」

タコが、かごの仕掛けに慣れて入りが悪くなってくることがあるらしい。そうなったら、研究熱心な高倉さんは「潜って確かめますわ」。スキューバで海の中へ潜って、タコがかごに入るところをジーッと観察するのである。8本の足を使って器用にエサをとろうとするタコの動きを確認して、仕掛けを改良。

「わいの道具も進化させるんや」

獲れたタコは、海水で作った氷で鮮度を維持。そして、「みんなに活きのいい美味しいタコを食べてほしいし」と高倉さんは、一刻も早くと港へ船を走らせる。

PRのため、白羽の矢が立ったのは…
「大阪湾の魚は美味しい!」

ボイルしてぶつ切りしたタコ。やわらかな食感と甘みがたまらない

青空市場2階にある「お食事処イルカ」で、高倉さんが獲ったタコをいただくことになった。まずは、ボイルしたぶつ切り。歯ごたえがあるのにやわらかくて、甘みがありジューシー。やさしい味わいだ。添えられているのは、わさびでなく、しょうが。

「しょうがじょうゆで食べんの、泉州は。僕ら普通に、これですわ」と高倉さん。確かに、タコにキリッとした風味が加わって美味しい! 大きなぶつ切りのから揚げも、ふっくらした食感でパクパク食べられる。

泉佐野漁協青空市場2階にある「お食事処イルカ」の「ガッチョのから揚げ」。上品で淡泊な味わい

「ガッチョも食べてみ」と高倉さんに言われて、泉州名物「ガッチョのから揚げ」を試してみた。身と尾を切り離さずに、中骨を挟んで両方の身をおろす「松葉おろし」にして、から揚げにしてある。骨ごとサクサク食べられて、ビールのおつまみにも最高だ。

まだまだ泉州にはたくさんの美味しい魚介がある。「このあたりのワタリガニはどんなカニより、ほんまに美味しいと思うわ。脂ののった秋のアジも、11月のサバもそりゃあもう、日本一うまいで。食べてみてほしいわ」と高倉さんは胸を張る。

泉佐野市・佐野漁港。関西空港そばに位置

佐野漁港周辺は、高倉さんが漁を始めた頃からは考えられないくらい、その風景は変わった。埋め立てが進んで稚魚が育つ干潟がなくなり、漁場も減った。関西空港ができて、潮の流れも変わった。それは当然、漁に影響を及ぼし、生物多様性の低下、水産資源の不足といった問題を引き起こしている。

「魚が住みにくくなってるんですわ。わいが漁師始めた頃は『うわっ』ていうくらい魚があったよ。いろんな魚がいてましたわ。それがないんだから。昔は塩水がある限り、魚は、いてると思ってたんや。信じられへん」

でも日々、漁師たちは沖に出て、できる限りのことを続けている。泉佐野漁協でも、海底耕耘、漁獲量の減った魚の放流や貝の蓄養を行ったり、小さい魚は徹底して逃がすなどの資源管理・確保に努めている。

大阪の漁師たちは頑張っているし、大阪の魚は美味しい。そんな大阪湾の魚をもっと広くPRするために、白羽の矢が立てられたのは、ほかでもない、泉州で愛される「タコ」だった。

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