「特派員」?

画像の説明 日本は歴史を通じてslaves(奴隷)、slavery(奴隷制)が全く存在しなかった文化です。

米国の、つい19世紀後半まで奴隷制があった国からsex slaves(性奴隷)とか何とか言われたくありません。

日本には、宗教抗争、例えばカトリックとプロテスタントが際限なく殺し合うような宗教対立も宗教抗争も存在しません。

多くの外国のジャーナリストの方々が、日本について全く無知でいい加減なことを触れ回っているから、日本の評判が悪くなっている面が大変大きいのです。
是非みなさん、日本について勉強していただきたい。

かなり激しい論調ですが、これは去る平成27年2月23日に「朝日新聞を糺(ただ)す国民会議」が、東京・有楽町の日本外国特派員協会で行った記者会見で、米国人記者の「私の印象では、朝日新聞の報道は、国際社会はかなり肯定的に受け止めてきた気がするが、皆さんのメッセージはどちらかと言えば否定的に受け止められている。

なぜ、皆さんのメッセージは否定的に受け止められていると思うか」という質問に答えてのものです。

報道では、このあとにイタリア人記者が、
「35年以上日本で外国特派員をしている者として、『あなた方に歴史を教える』という主張には憤慨している。侮辱はすべきではない」と声を荒げ、司会者が「(質問ではなく)スピーチはいらない」と制止するなど、険悪なムードであったとしています。

つまり外国特派員協会でのこの記者会見が、あたかも失敗であったかのような報道ですが、そうではありません。

ある意味公式の場で、はじめて欧米式の堂々とした対話が行われたということです。

日本人は、議論するときも、できるだけ相手の立場をおもんばかって、相手を傷つけないように配慮します。
とりわけ日本の地位は、これまで朝日や毎日(英字版)などによって、もはや修正不能といって良いほどまでに酷い貶めがずっと続いていましたから、このときの外国人記者の反応は当然のものであったわけです。

ですからここで怯んだら、逆にバカにされるのです。

欧米式のストリートファイトみたいなものです。

ですからこのときの記者会見は、従来の戦後の路線と180度違う主張を、日本が堂々と繰り広げた、戦後初の日本の、ある意味主権国家としての正義の主張であったわけです。

人は衝撃的な事実に出会うと、最初に「否認」します。
そんなわけないだろ、というわけです。

それでも否認しきらないと、「怒り」を露わにします。まさに今回の記者会見のイタリア人記者です。

そして、否定しても怒ってもダメとわかると、「取引」を持ちかけようとします。

歴史修正主義は、よろしくないのではないか、というわけです。
その取引もダメだとわかると、鬱になり、最後にようやく事実を受け入れます。

この朝日に対する集団訴訟は、単に朝日への訴訟ということにとどまらず、外国人記者協会を通じた世界のメディアとの戦いなのです。

そして、記者会見に明らかなように、日本に長く住む、それぞれの国の最も日本通であるはずの外国人記者でさえも、日本について何も知らない。何もわかっていない。

それが現実であるということも、この記者会見ではっきりとしたことです。

事実のフタが開きました。
これからもっともっと記者クラブでの発言を含め、私たちは世界に向けて堂々と事実の情報発信をしていくべきときに来ています。

外国特派員協会の左巻きは連中は、現在のネット社会で必要ない組織になっていることすら理解しないで・・・・

「正義の味方」を演じるのは笑えるよ・・・・

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