日系人、米国で咲かせた「多様性」

画像の説明 米国で戦後初の非白人知事となった日系2世のジョージ・アリヨシさん

「オカゲサマデ」

米ハワイ州第8代知事、日系3世のデービッド・イゲ(57)の就任式が12月1日、ホノルルであった。英語の演説に唐突に挟まれた日本語に、出席した駐ホノルル総領事の重枝豊英(62)は虚を突かれた。

流暢(りゅうちょう)ではない。けれど、日本に住む日本人の日本語よりも重い。そう感じた。

おかげさまで。英語ではビコーズ・オブ・ユー。

40年前、この言葉をモットーに知事選に臨んだ日系人がいた。現在、88歳のジョージ・アリヨシだ。米国で戦後初の非白人知事となった日系人2世である。

日本を思うとき、アリヨシの胸に浮かぶ一人の男児がいる。舞台は終戦直後、GHQ(連合国軍総司令部)に接収された日本郵船ビル。米軍人としてアリヨシは焦土の東京に駐留した。最初に言葉を交わしたのは、7歳の少年だった。

「国も家族も困っているから、手伝わないと」。路上の同じ場所で、いつも靴磨きをしていた。飢えているように見えた。

米国の子供の大好物、ピーナツバターとジャムのサンドイッチを食堂で手に入れて渡した。だが少年は、それを食べようとせず、道具箱にしまい込む。

おなかすいてないの?

アリヨシが驚いて尋ねると、少年は答えた。

「マリコに持っていく。三つの妹が腹をすかせて家で待っているんです」

少年のふるまいと妹の名が、元知事の記憶に刻みつけられた。「私は彼から、日本人の本当の心を学んだ。でも今の日本は、この精神の多くを失ってしまったように思えるのです」

元外相の安倍晋太郎と親交を築いたアリヨシは息子の晋三とも親しく、この経験を伝えた。首相は、この話を好んで語っている。

古き良き日本を、冷凍したように保ち続けた人々。日系人1世や2世は、ときにそう形容される。

そんな視線の一方で、見落としがちなことがある。彼らは米国人として、私たちとまったく異なる70年を送ったという事実である。

戦後日本の出発点にアリヨシが立ち会ったのは、MISと呼ばれる軍情報部員としてだった。日系2世たちが日本軍の通信解読や捕虜の尋問などに携わり、トルーマン大統領は彼らを「秘密兵器」と呼んだ。

占領軍の一員として、父の祖国に立つ。ジレンマを感じませんでしたか。

「いいや。私は米国市民であり、米国に忠誠を尽くさねばならないと強く思った。決して、『ハジ(恥)』をかかぬようにと」

日本の心を持つ若き米国人の前に、州の頂点に続く坂道がのびていた。

     ◇

ハワイの真珠湾には、日米戦争の始まりと終わりを告げた2隻の戦艦がある。日本軍の攻撃で沈没して今も水中にあるアリゾナと、東京湾で日本の降伏文書が調印されたミズーリだ。

73年あまり前の12月7日朝、15歳のアリヨシは仏教の日曜学校で卓球をしていた。80代以上のハワイの日系人たちは例外なく、真珠湾攻撃の日に自分が何をしたか、克明に覚えている。

あの日以降、日本に関することをすべて押し殺す生活が待っていたからだ。

アリヨシは戦後、弁護士を志し、州議会議員や副知事を経て、白人のバーンズ知事に後継者として指名される。真珠湾を奇襲した旧敵国にルーツを持つ若者が州知事まで駆け上る、その斜度は想像を超える。

「人と違っているからこそ、ここにいる価値があります」。1974年12月、ハワイ王国の王宮だったイオラニ宮殿で行われた知事就任式で、そう宣誓した。

その言葉を裏付けるように、州幹部や委員会には多くの民族、地域の人々を登用した。就任後、「ここが米国だと忘れるな」「ジャップめ」と書かれた手紙を度々受け取ることになる。

12月でも草いきれの濃いイオラニ宮殿の庭で、元知事は時折、日本の単語を交えて記者に語った。「オカゲサマデ。この言葉の意味は、どんな人でも一人では生きていけないということ。誰もが誰かに頼っている。ならば、人と違うことを前提に、自分のベストを尽くせばいいのです」

1世だった父親から教わった、あまりに日本的な価値観と溶け合うように、彼の心の内を占めていたのは「多様性」の重みだった。

アリヨシをよく知るハーバード大名誉教授の入江昭(80)は語る。「彼はグローバル化を先取りし、米国を多様化させた主役のひとりでした。いまや、多様性こそが世界なのです」

日本人という種を、違う土壌で育てたら、どんな花が咲くのか。日系人という鏡に、可能性が映る。

あまたの人種が暮らす島で、アリヨシに続く2人目の日系人知事・イゲが生まれた。彼は就任式で、こうも語った。

「私は移民の子です。ここにいるみなさんと同じように。それが私たちのDNAです」=敬称略

     ◇

米国の日系人3、4世と話をすると、はじめは少々戸惑う。見た目は自分とほとんど違わないのに、言葉、態度や物腰、そして考え方は米国人だから。

1世や2世たちは、異国にどう同化するか、一生をかけて悩み、もがいた。自分が変わると同時に、社会も少しずつ変えていく。日系人に限らず、世界中の移民たちはそう生きている。

日本に住み、自らを日本人と確信する日本国籍者が大半を占める国、日本。世界から見ると、それはむしろ特殊なことなのだ。そう肌身で感じた取材だった。

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