栄華と凋落、混沌が支配したウクライナの1年

画像の説明 原油とルーブル暴落は情勢変化の引き金になるか

昨年11月にウクライナのキエフで始まったユーロマイダン。「ユーロ」は文字通り「欧州」を意味し、「マイダン」はウクライナ語で「広場」を意味する。ロシアのプーチン大統領から、ロシア主導の経済圏「ユーラシア連合」に加盟するよう圧力を受けた当時のヤヌコヴィッチ政権が、欧州連合との協定の調停を見送ったため、これに反発した親欧米派やヤヌコヴィッチ政権に不満を抱く市民らがキエフ中心部にある独立広場に集結。

これが大きな反政府デモに発展し、2月22日にヤヌコヴィッチ政権は事実上崩壊した。翌日にはクリミア危機が勃発。クリミアのロシアへの編入後も、ウクライナ東部では「親ロシア派民兵」とウクライナ軍との間で現在も戦闘が続いており、政治・経済的にウクライナの将来は非常に不透明な状態だ。ユーロマイダンから一年が経ったウクライナは、いまどうなっているのだろうか。

何よりも変えたかったのはウクライナ国内の政治構造

2014年1月から2月にかけて、筆者はキエフ市民に聞き取りを行い、当時現在進行形で進んでいたユーロマイダンについてそれぞれの経験を語ってもらった。当時は多くの市民がユーロマイダンによってウクライナ政界に根付いた腐敗を一掃できると信じていた。

さまざまな経歴、年代、思想を持つ市民が集まった独立広場は、治安部隊や武装し暴徒化した一部のデモ参加者の存在もあり、安全とは程遠い環境だった。キエフで英BBCの関連団体に勤務するミロスラバ・シヴォラップさんは、夫と共にデモに参加したが、いつ銃撃されるか分からない恐怖感は拭えなかったと語る。

「昨年11月に反政府集会が始まった頃、私たちは身を守る物を何も持っていませんでした。独立広場にいた見知らぬ人からプラスチック製のヘルメットを渡されたのですが、その時は必要ないと思って受け取りませんでした。しかし、1月22日に4人が殺害され、慌ててインターネットで鉄製の軍用ヘルメットを購入しました。その後、催涙ガスなどに備えてゴーグルも購入し、デモが長期化する場合には防弾チョッキも購入すべきだと夫と話していました」

デモには右派政党関係者もいたが、彼らが煽動したわけではなかった

デモ参加者の中には反ロシアだけでなく、外国人排斥を訴える右派政党の関係者もおり、一部のデモ参加者がネオナチ組織と繋がりがあるという話は欧米やロシアのメディアでも繰り返し取り上げられた。

キエフ市内の大学で哲学を教えるヴォロディミール・エルモレンコさんは右派政党の関係者を独立広場で見かけたが、彼らがデモを主導したわけではないと語る。

「ナショナリストの連中がデモに参加していたのは事実だ。なかには過激な行動をとる者もいた。しかし、彼らがデモにおけるマジョリティ的存在であったわけではなく、参加者の多くは固まった政治観を持たずに参加していた。実際にほとんどのデモ参加者が特定の政党に所属しておらず、ただ社会を変えたいという理由で独立広場に集まってきたのだ」

ブリティッシュ・カウンシルで教師として働く英国出身のトーマス・ブレイフォードさんは、野党指導者も市民からそれほど支持されていないと指摘する。

「独立広場周辺を歩いてみたが、奇妙なことに家族のような一体感を感じた。まるで周囲のデモ参加者が自分の姉や弟に思えるような感覚だった。反政府デモによって市民の間に連帯感が生まれたことは間違いないが、この国の抱える問題はまだ何も解決されていないと思う。もっとも強く感じたのは、政治家と市民との間の距離感だ」

死者まで出たデモからクリミアのロシア編入、ウクライナ東部で続く親ロシア派との武力衝突、マレーシア航空機の撃墜という衝撃的な事件もあった。揺れに揺れたウクライナは、1年を経てどう変わったのだろうか。ウクライナの混乱は収まったのだろうか。

NATO加盟に向けて動き出したウクライナ
国内ではエネルギー不足による停電も日常茶飯事

残念ながら、ウクライナ国内は今でも混乱のまっただ中にあると言っていいだろう。足下では、ウクライナ各地で電力の使用制限が続いており、市民や企業に深刻な影響を及ぼしている。

電力の使用制限は9月から続いており、12月5日には国営の電力会社が午前8時から11時までと午後4時から午後8時までの使用制限を改めて発表している。しかし、電力会社が発表した時間以外にも電気が使えない状態が発生することも珍しくなく、キエフ市内の企業に勤めるテトヤナ・オリニックさんは、「オフィスで電気がまったく使えない状態になり、午後から仕事がまったくできなくなった日もある」と語る。

フラストレーションを溜める市民

電力不足の背景にあるのが石炭の不足だ。石炭の生産国であるウクライナでは、国内の電力供給の約4割が石炭火力発電によって賄われているが、炭鉱が集まるウクライナ東部でウクライナ軍部隊と親ロシア派民兵との戦闘が続いているため、石炭が各地の火力発電所に届かないという事態が発生している。

石炭不足に加えて、11月28日にはウクライナ中部にあるザポリージャ原子力発電所(ヨーロッパ最大の原発)で事故が発生。ウクライナ政府は発電機にショートが発生したものの、原子炉には異常はなかったと説明。12月5日からザポリージャ原子力発電所は通常稼働に戻ることも発表されたが、事故発生から数日間にわたって政府からの発表が一切無かったため、市民の電力不足に対するフラストレーションを増大させる結果となった。

南アとの石炭取引で汚職 接近するオーストラリア

ウクライナ政界に長年にわたって続く「汚職文化」も、未だに払拭されてはいない。エネルギー問題では国営会社の幹部が関与したスキャンダルも発覚し、「汚職文化」は今でも国民を苦しめているようだ。

ウクライナ検察局は12月5日、国営電力会社の幹部を南アフリカからの石炭輸入に際して着服を行った容疑で拘束したと発表した。電力問題を解決するためにウクライナ政府は南アフリカから100万トンの石炭を輸入することを決定し、これまで3度にわたってウクライナに石炭が運ばれてきた。

ところが、契約内容が何度も変更され、1トン当たりの価格がウクライナ国内で採掘される石炭の1.5倍にまで上昇。3回目の石炭輸入後に、南アフリカからの石炭輸入を仲介したイギリス企業が「ウクライナ国内の不安定な政治状況」を理由に取引を中止した。何度も契約内容が変更された背景に、国営電力会社幹部による着服があったと検察は主張している。

そんなウクライナに、急接近する国が現れている。オーストラリアだ。

ウクライナのポロシェンコ大統領は12月12日、2日間の予定でオーストラリアに滞在。ウクライナのエネルギー問題では、オーストラリアがウクライナに対してウラニウムと石炭を輸出する用意があると発表。ウクライナ国内の電力問題に対して、オーストラリアが独自の資源外交を展開する用意があることを示した。

オーストラリアのアボット首相との会談の中では、多くのオーストラリア人乗客を乗せウクライナ領内を飛行していたマレーシア航空機が、ロシアとの国境近くから発射された地対空ミサイルによって撃墜された事件についても話題が及んだ。

混沌が続くも市民は淡い期待を抱く

簡単にユーロマイダンから一年を振り返ると、政府関係者による汚職は無くならず、経済も停滞したままで、改善点を探すのは難しいことがわかる

ヤヌコヴィッチ政権崩壊直前に多くの国民が「これでウクライナに新しい社会が訪れる」と期待を寄せていたこともあり、現在は政府に対する失望の声が各地から聞こえてくる。

オデッサ在住のラスランさん(企業家)はユーロマイダンを大きな手術に例え、新しいウクライナが国としての力を取り戻すまでにはそれなりの時間がかかると語る。

「現在のウクライナは、例えるなら病院で大きな手術をした直後のリハビリ期間を過ごしているのです。リハビリ期間中に合併症や他の部位への転移が発生するように、ユーロマイダンという大きな手術が国民によって行われたあとで、ロシアとの対立や国内経済の停滞がより深刻化してきました。たとえ何年かかろうとも、我々はこのリハビリを成功させなければいけません」

ウクライナ各地に住む市民に「ユーロマイダンから一年が経過したが、ウクライナは今後どうなるのだろうか」と質問したところ、ほとんどが「数年後にウクライナ国内の情勢が安定するだろう」という肯定的な回答が返ってきた。だが、ウクライナ国内の構造的な問題を変えない限り、誰が政権のトップに就いても停滞する現状から抜け出すことはできないだろうという声もあった。

一年前にも取材に答えてくれた、キエフ在住のシヴォラップさんが語る。

「ユーロマイダンによって市民の意識に大きな変化が生まれたのは間違いないと思います。しかし、現在でも汚職や不正選挙、密室政治は続いています。ヤヌコヴィッチ政権のメンバーの一部は今でも中央政界で一定の力を保持していますし、市民生活はあまり改善されずに、オルガリヒ(新興財閥)の影響力だけが拡大してしまっているのです」

ソチの栄華から通貨暴落まで栄枯盛衰味わったプーチンの1年

一方で、ロシア側からウクライナ情勢を見てみると、栄華と混沌、凋落のそれぞれの側面があった。

栄華として挙げられるのは、なんといっても近代五輪では最高額となる約5兆円の費用で開催されたソチ冬季五輪だ。開催前にウクライナ情勢が原因で懸念されていたテロ事件は起こらず、大会は2月23日に無事に終了している。3月18日には、ウクライナの領土であったクリミア半島のクリミア自治共和国とセヴァストポリがロシアに編入。翌月からルーブルのみが法定通貨と定められた。

混沌は、未だに続くウクライナ東部の武力衝突だ。

ソチオリンピックが開催されていた頃、ウクライナ東部のドネツクでは親ロシア派の住民がウクライナからの分離・独立を求めて「ドネツク人民共和国」を樹立。武装した親ロシア派の住民とウクライナ軍部隊が連日戦闘を行い、国境を越えてロシアから人員や兵器が親ロシア派武装組織に定期的に補充されているという報道があるなか、ウクライナ軍は現在も親ロシア派勢力の制圧を完了できていない。

「現在はドネツク人民共和国の暫定政権樹立によって、既得権益を失うことに危機感を抱いたオルガリヒが、親ロシア派住民を扇動する形で暫定政権に攻撃を仕掛けている部分がある。国家間や大国間で行われるような代理戦争が、ウクライナ国内の特定のグループによって行われているのだ。ウクライナ東部の騒乱はもはや地方のエリート層がコントロールできる問題ではなくなり、大国の思惑に左右される問題へと発展してしまった」

英字紙キエフ・ポストのカメラマンとしてウクライナ東部で取材を行っていたコンスタンティン・チェルニチュキン氏は、4月前半にウクライナ東部の騒乱についてそう説明してくれた。彼の指摘の正しさが証明される形で、ウクライナ東部では落としどころを見いだせないまま、戦闘が現在も継続中だ。

凋落の側面は経済的なものがもっとも大きい。

複数の英メディアは12月21日、英政府が海外の富裕層に与える「投資家ビザ」を取得したロシア人が、今年の1月から9月の間に162名に達したと伝えた。これは前年同期比で約2倍となる数字で、ロシアに対する最初の経済制裁が発動された3月以降にビザ申請者数が急増したのが大きな特徴だ。経済制裁の影響を考慮して、不動産投資などで資産を海外に分散させようとするロシア人富裕層が増えている現状を垣間見ることができる。

ただ、欧米による経済制裁以上にロシアを悩ますのが現在進行形で進むルーブルと原油価格の急落だ。

12月前半だけでも、ルーブルは23パーセント、原油価格も13パーセント下落。ルーブルの暴落にいたっては、今年7月まで1ドルあたり30ルーブル代前半で推移していた相場が、12月には1ドルあたり70ルーブルにまで下落した。

11月28日にOPEC(石油輸出国機構)が減産を見送ると発表。減産見送りによって原油価格が下落するなか、産油国ロシアの経済がさらに悪化すると懸念した投機家らがルーブルの売却を開始。原油と通貨の両方が下落するダブルパンチを見舞われたロシアでは、「1998年以来の経済危機」を迎えたとの声も出ている。

新ロシア諸国の離反が始まったか原油と通貨暴落は情勢変化の引き金に?

では、世界各国はどう動いたのか。

ウクライナ問題ではロシアとの経済的な結びつきやエネルギー供給を重視するヨーロッパ諸国が、アメリカのような強硬路線にシフトチェンジできないことへの批判も少なくなかった。

ロシアは豊富な天然資源を背景に資源外交を展開しており、強大な軍事力も持つ。西ヨーロッパ各国はロシアとの経済的な結びつきを年々強める傾向にあり、ロシアと激しく対立した際に国内経済に大きな影響が出ることを懸念する国は少なくない。

とりわけ、その傾向が顕著なのはイギリス。ロシア人富豪や企業の投資先として人気の高いロンドンは、多くの高額不動産物件がロシアンマネーによって買われ続けた。そのため、ロンドンは別名、ロシア風の名前である「ロンドングラード」と揶揄されているほどだ。

ロンドン証券取引所に名を連ねるロシア系企業は実に約70社。ガスプロムやルクオイルといったエネルギー関連企業の他にも、携帯電話会社のメガフォンといった企業の名前もある。また、個人の不動産売買でも、昨年ロンドン市内でロシア人によって購入された邸宅は264軒あり、総額は日本円にして900億円近くに達する。

外国人による不動産購入ではロシア人が群を抜いてトップなのだ。そのような状態でイギリスが対ロシア経済制裁に加わった場合、経済的な「しっぺ返し」は大きいという見方が強い。

クリスマス前の23日、ウクライナ最高会議はNATO(北大西洋条約機構)加盟を目指すことを記した法改正案を圧倒的多数で可決した。ヤヌコヴィッチ前政権時代に他国との軍事同盟などを結ばない「非同盟路線」を打ち出したウクライナだが、ロシアとの緊張が続くなかでウクライナは非同盟路線の廃止を決定し、NATOに加盟するための法的な手続きを議会で完成させている。

しかし、現在のウクライナは政治・経済の両面でNATOに加盟できる基準に到達しておらず、NATO加盟をめぐって住民投票も計画されている。NATOがウクライナに接近し、ロシアに対する圧力を強める可能性もあり、今後のロシアの動きにも注目が集まる。

ロシアの通貨暴落によって、プーチン主導で進められていたユーラシア連合のよき理解者であったベラルーシやカザフスタンもロシアと経済的な距離を置き始めたという報道もあり、ウクライナ以上に寒い冬を痛感しているのはロシアなのかもしれない。

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