電力会社は強力なカードを手にしつつある!?

画像の説明 ドイツの電力最大手E.ONが再エネ事業に乗り出す理由

12月1日、衝撃のニュースが流れた。ドイツ最大の電力会社E.ON(エーオン)が、原子力、石炭、水力、ガス部門を切り離して、別会社を作るという。2社分割は、2年以内に完了する予定。

新生E.ON社は、再生エネルギー(再エネ)、送電網運営、顧客サービスの会社に変身し、本格的に再エネ事業に乗り出す。ここのところ、売り上げががた落ちになり、将来性の見えなかった同社だが、これによってイメージアップを図り、一気に展望が開ける予定だ。

一方、新しく設立される別会社の方は、原子力、石炭、水力、ガスの発電事業と、送電網運営、石油採掘・調査、原料輸入などを引き継ぐ。いわば、これまでのE.ONの中心事業であった部門だ。

本来なら、こちらがE.ONの名前を踏襲しても良さそうなものだが、もちろん、原発という消えゆく事業にE.ONの名を継がせるわけにはいかない。だから、この未来の別会社にはまだ名前がない。いずれにしても、E.ONが再エネの優良企業になるという期待が突然高まって、この日、同社の株価は急上昇した。

以上が第一報の大まかなあらすじだが、それに対するメディアと国民の反応は、かなり混乱している。

なぜ電力会社が儲からなくなってしまったのか

ドイツ人の目に映る電力会社というのは、"再エネへの転換に無駄な抵抗を続け、危険な原発や環境に悪い火力にしがみついてきた良からぬ人々の集まり"だ。しかし今回、その彼らがようやく目を覚まし、再エネに舵を切った。遅すぎたとはいえ、心を入れ替えたこと自体は、めでたい第一歩だとして、「一種の解放戦争」とか「記念すべき日」などと書いたメディアもあった。

一方で、不信感も噴出している。E.ONは会社分割という手段で、原発を切り捨てようとしている。原発の後片付けを押し付けられた別会社は、そのうち負担が大きくなって倒産するかもしれない。E.ONはどうでもいいかもしれないが、国としてはどうでもよくはない。原発の廃炉や核の廃棄物の問題があるので、救済しなければならなくなる。つまり、最終的には国民のお金だ。「さんざん儲けていたあいだは自分たちの利益で、儲からなくなると損失を国民に押し付けるのか!」といったような憤りだ。

問題の核心となっているのは原発の後始末。福島原発の事故のあとに急に早められた脱原発の期日は2022年。それから始まる原発施設の解体、除染、核廃棄物の最終処分などの費用は、各社がずっと積み立ててきた。E.ONの場合、原発7基の後始末代として、145億ユーロが貯まっているという。

ただ、それが足りるかどうかという話になると、ドイツ人は悲観的なので、メディアは「足りないかもしれない」と言い、国民は「絶対に足りない」と信じている。それもあって、今、まだできてもいない会社の倒産を巡って、議論が白熱している。

ただ、議論の中身は非常に偏っている。儲からなくなった電力会社が悪あがきをしていると責めるばかりで、なぜ電力会社が儲からなくなってしまったのかという肝心なところの説明が抜け落ちている。

答えはいたって簡単。高い買取り価格のせいで再エネが増えすぎたため、電気の過剰供給が起こっているからだ。今年の夏は、ドイツで余った電気が何度も捨て値で隣国に出た。卸市場での電気の値段は、2013年比で25%も下落。E.ONの原子力と火力による利益は、2020年には今の半分以下になると予想されている。

また、報道を読むかぎり、今回のE.ONの決定によって再エネ開発が加速し、原発や火力がきれいさっぱりなくなる日が近づいたと思わせるような書き方も多い。再エネだけでは安定的な電力供給は不可能だということが曖昧にされている。

しかし現実的には、火力がなくなることはない。原発がなくなった後も、火力はまだまだ稼働し続ける。今でも原発と火力は、再エネ電気が増えると出力を落とし、ゼロになるとフル稼働するということを繰り返している。そればかりか、一日のうちでも絶えず変化する再エネ電気の微調整の役まで引き受けている。つまり、こんなことをしているから、電力会社は儲からなくなったのだ。

困った電力会社は、全土で50基の発電所の停止を系統規制庁に申請しているが、それも認められない。儲からないのに撤退も縮小もできないのは気の毒だ。市場経済の原理に反している。企業の目的は慈善や社会奉仕ではなく、まずは利益の追求なのに、そういう当たり前のことが理解されず、電力会社はいつも悪者だ。

「原子力のバッドバンク」という電力会社の反撃

今年の5月にも、電力会社とドイツ政府が国民に内緒で悪いことを企んでいるという噂が飛んだ。すっぱ抜いたのはシュピーゲル誌で、「脱原発の後始末をする国営の機関を作り、電力会社はその機関に廃炉のために積み立ててきたお金を拠出。そして、原発閉鎖までの稼働と、その後のことはすべてこの機関に委託するという計画が秘密裏に進んでいる」というものだった(参照:「脱原発で追い詰められるドイツ政府と電力大手が『バッドバンク』設立の秘密計画!?」)。

金融機関が焦げ付いたとき、不良資産を切り離すために設立される機関をバッドバンクという。それにより損失拡大を食い止め、財務状況を改善する。そこで、この噂上の秘密計画は、「原子力のバッドバンク」と名付けられた。この場合の不良資産とは、もちろん原発のことである。

当然のことながら、このときも非難轟轟だった。結局、政府と電力会社は噂の否定に終始したが、実際には、それ以後も交渉はずっと続いていた。

実を言うと、これには政府の大いなる利害も絡んでいる。というのも、現在、電力会社と政府の間には複数の裁判が進行中で、どれも政府にとって不利な状況だ。たとえば、電力会社が納めている巨額の核燃料税は憲法違反であるという電力会社側の言い分が認められ、今まで払った50億ユーロの返還が政府に命じられている。

そのうえ、E.ONとRWE(ドイツ第2位の電力会社)は、政府が強行した唐突な脱原発は、企業の権利に対する侵害であるとして、損害賠償金150億ユーロを求める訴えを最高裁に出している。このままいくと、政府が電力会社に支払わなければいけない額は莫大になる恐れがあり、政府としては、早急に示談に持ち込みたいところだ。

それもあって、電力会社と政府の間での交渉が続いていたのだが、当事者たちの口が堅かったか、あるいは、報道陣に箝口令が敷かれていたか、具体的な内容は、今まで一切漏れ出てこなかった。それだけに、12月1日のE.ONの発表は衝撃的だった。これはまさに、5月に噂になった「原子力のバッドバンク」の改良版であったに違いない。

電力会社はついに反撃に出たのだ。思いがけず早まった脱原発も打撃であったが、もうひとつの痛手は、合理的な発電事業ができなくなってしまった火力だ。しかも、縮小することさえ許されない。何故か? 国が大見得を切って始めた脱原発のためには、再エネのバックアップ役としての火力がどうしても欠かせないからだ。

E.ONは、だったら火力は国が支援すればよいと思ったのではないか。そうすれば、新生E.ONは、心置きなく、栄えある再エネ産業に徹することができる。国の支援とは、具体的には、いざというときのための待機に報酬が支払われるということになるだろう。病気になった時のための医療保険と同じで、考えようによれば当然の権利だ。ただ、補助金の出どころは、おそらくまた電気代となる。

ただ、そんなことは、再エネの夢を壊すからか、あまり報道されない。国民は、なぜ電力が余っているのに火力に補助金を払うのか、と激怒するだろう。だから、12月1日以来、聞こえてくるのは、再エネは世界の趨勢であり後戻りはできない、ということばかり。ドイツはその先端を行っており、多くの国々がそれを手本に努力している。

ドイツには4社の電力大手がある。うち3社、E.ONとEnBWとVattenfallの再エネ電気がドイツの全発電量に占めるシェアは、まだ2%にも満たない(もう1社のNWRは石炭火力が多くを占め、再エネは少ない)。しかし、E.ONの本格参入を機に、これからは電力大手の再エネ投資が進み、国民の望みに一歩ずつ近づいていくだろう。そして、さらに広範囲に補助金が必要になる。

興味深いのは、今年の春ごろ、既存の発電方法で利益を出すことは難しいと言っていたE.ONの社長が、今回、発言内容を大幅に変えたことだ。今、彼は、再エネ企業となる新生E.ONと、既存の発電事業を引き継ぐ別会社の、どちらがより多く利益を上げることになるかはわからないと言い出した。

E.ONから独立する名無しの会社が倒産して困るのは政府だ。ひょっとすると、今、電力会社は強力なカードを手にしつつあるのかもしれない。

ドイツの電力会社はタフである。

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