中国の観光クルーズを警戒せよ…

画像の説明 サンゴだけではない侵略の先兵

中国の運航会社が最南端都市・海南省三亜市と、ベトナムや台湾も領有権を主張する南シナ海パラセル(西沙)諸島を結ぶ“新観光航路”を開いた9月、直毛でチョビ髭を蓄えた男がサラミを切って食べている夢を見た。

男はナチス・ドイツ総統のアドルフ・ヒトラー(1889~1945年)だったが、傍らで中国の習近平国家主席(61)がしきりにうなずいてる。不快な組み合わせに目覚めたものの、うなずきの背景はかすんでいた。新旧独裁者による悪夢の共演の意味は、小笠原/伊豆諸島海域で「中国漁船の大艦隊」が赤サンゴを密漁した10月に入り判然とした。習氏はヒトラーに、少しずつ現状を切り崩し、既成事実の積み重ねで戦略環境を有利に導く《サラミ・スライス戦術》を学んでいたのだ。観光クルーズも密漁も今後反復され、中国は次第に勢力圏を拡大させていく。サラミ戦術の先兵=クルーズと密漁に対抗せよ。

9月に「新航路」開設

運航会社によれば9月2日、“処女航海”に出たのは9683トンの貨客船。船内で3泊4日を過ごし、パラセル南西部の0.01~0.02平方キロしかない幾つかの砂州を訪れ、ビーチバレーや釣り、記念撮影を行った。

実は2013年以降、運航会社は毎月か隔月、海南省海口市~パラセルへと同じ貨客船に200人を乗せ「試験航海」。3500人以上を運んでいる。今後出航地を三亜市に変えれば8時間の航海短縮が可能で、その分中国船が係争海域に遊弋する時間や寄港地を増やせる。

9月の200人は「観光客」だったというが、外国旅券では参加できず、香港/マカオの中国人でさえ門前払いだった。200人は「中国政府職員」との観測も出ている。

最高行政機関・国務院は2009年「海外からの観光客誘致に向け海南省開発」を宣言。12年には、海南省三沙市にパラセルと中沙、スプラトリー(南沙)の各諸島を「管轄させる」と公表したが、三沙は虚構都市。スプラトリーの多くは台越やフィリピン、マレーシアの実効支配下で、中沙は岩礁と環礁ばかりで定住スペースはない。

中国が大半を実効支配しているのはパラセルのみ。三沙市政府が所在する最大のウッディー(永興)島(2.1平方キロ)には軍や警察、市職員や「民間人」ら1000人が駐留。幅1.6キロの小島に2.4キロの滑走路や議事堂、銀行が有る。島嶼守備隊史料館や海洋博物館、記念碑といったわざとらしい“観光資源”も設けられ、パラセルはもちろん、実効支配できてもいない中沙やスプラトリーにまで郵便番号が付与されている。

ヒトラー流サラミ戦術

滑稽な細工を滑稽だと感じぬズレた感覚に吹き出したくなるが、笑った時点で中国のサラミ戦術にはまっている。中国のサラミ戦術は、師と仰ぐヒトラーが牙を剥き、力攻めに頼り、最終的に英国や米国を第二次世界大戦(1939~45年)に引き込んだ拙攻を学習している。ヒトラーは大きなサラミ片を一度に頬張り過ぎた。即ち-

(1)第一次大戦(14~18年)敗戦後の非武装条約を無視しフランス国境の独領に兵を進めた《ラインラント進駐=36年3月》→
(2)内部攪乱で達成した《オーストリア併合=38年3月》→
(3)ドイツ人保護名目で実行した《チェコスロヴァキア・ズデーテン割譲=38年9月》と、野望はエスカレートした。サラミ戦術を許したのは、英国やフランスなどがヒトラーの恫喝とドイツの武力を恐れ、戦う決心を示さず、ひたすら宥和外交を進めた結果。
(4)《ポーランド侵攻=39年9月》にたまらず、英仏は対独宣戦布告に踏み切る。

今の中国は、版図拡大にとりあえず兵器は必要ない。国権の発動=軍部隊投射はサラミを丸ごと呑み込むに等しく、野心を国際に一層印象付ける。軍事力を行使した係争海域も過去に在るが、できる限り巡視船など警察力の範囲に留めている。

巡視船より格段に、係争相手国が手出しし難い対象がクルーズ船だ。中国は複数の岩礁を埋め立て滑走路などを矢継ぎ早に造成、基地化を進めているが、この種のヒトラー流サラミ戦術に比べても国際を刺激しない。標的の島嶼・礁・砂州を「定期巡回」し、上陸後は衣食住を提供する船=移動基地に戻ればよい。2013年のクルーズ開始時、中国に厳重抗議したベトナムの国営メディアは「係争海域における度重なる一方的挑発行為の最新型」と形容している。

新たな侵略の先兵

確かにクルーズ船は、中国流サラミ戦術要素として「最新型」だが、戦術自体は1954年、中印国境=カシミール地方の高原奪取でも使われた。中国人を牧草地に段階的に入植させ、徐々にインド人牧場主を駆逐。10年近く繰り返し、九州並みの広さを持つ高原を掠め取った。

まともな国は国内外の法律・慣習や歴史によって《地理的国境》を定める。ところが、中国の場合、欲しい所が領域となる。《戦略的国境》と呼ばれる独善的概念で軍事・経済力が拡大する限り、戦略的国境も膨張し続ける。ヒトラーが唱えた《東方生存権》の“理屈”と同じではないか。いわく-

《民族の発展・存続には人口増が不可欠。生活圏拡張=領土拡大闘争は食糧/生活基盤/資源獲得闘争である》

中国も同様に、内モンゴル/チベット/新疆ウイグルを併合したが、サラミ戦術は使わず武力を用いた。年月をかけるほどの強敵ではないからだ。弱敵か戦意無しと看れば即、武力で襲い掛かって来る。

中国流サラミ戦術は、武力を伴わないのか? 否。カシミールを実効支配した中国は結局、軍でインド軍を奇襲し、支配を確実にした。5月、ベトナム沖で石油掘削を一方的に始めたサラミ戦術海域には、漁船に乗り組んだ海上民兵がベトナム側の取締り公船を阻み、後詰めとして海軍艦艇も控えていた。

中国にとり、沖縄県石垣市の尖閣諸島海域は対米軍絶対防衛線、赤サンゴ密漁の小笠原海域は米軍増援に備えた阻止・妨害線。戦略的要衝を押えるため、先兵として公船・漁船に加えクルーズ船もやがて投入する可能性は高い。

海軍は武威の誇示だけでなく、状況次第で軍事力に訴えるべく、出番を待ってウズウズしている。東方生存圏構築の心得として、ヒトラーはこう脅かしてもいる。

領土拡大には、戦争を覚悟せねばならぬ

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