日中首脳会談は中国でどう報じられたか

画像の説明 日中首脳会談をめぐる報道や受け止め方の温度差は大きい。

日本では「関係改善の第一歩」と額面通り捉えたのに対し、中国では「関係改善はまだまだ遠い」という空気をよりいっそう強く醸し出した。この1週間の流れを振り返ってみたい。

事前の「合意文書」発表では
前向きなコメントも

APEC、日中首脳会談を報じる中国の各紙 

11月8日、日本の新聞各紙は安倍信三首相と習近平国家主席が会談すると報じた。北京で開催されるAPEC首脳会議の開催中に行われるもので、実現すれば3年ぶりの対話再開となることから日本側の期待は高まった。

ご存じのとおり、日中間では領土問題をめぐり膠着状態が続いていた。領土問題の存在を認めるようにと主張する中国側に対し、日本側は「領土問題は存在しない」との立場を崩さず、平行線は交わる兆しを示さなかった。だが、この会談をギアチェンジの契機にしたいと、日本は一定の譲歩を示した。日中両政府の合意文書の中に、「異なる見解を有していると認識」と明記したのである。

これについて日本での報道ではおおむね、「日本側は(領土と歴史の条件を)ほとんど飲めないとしながらも少し飲んだ」(外交筋)とし、「日本側は尖閣諸島周辺海域での緊張状態に関する『異なる見解』で、領有権に関する日本側のこれまでの立場を損なうものではない」(日本経済新聞)とした。しかしその一方で「中国側はこれを根拠に『領土問題は存在すると認められた』と主張する可能性もある」(同)と懸念を隠さなかった。

案の定、中国・上海の地元紙「東方早報」は8日、日中首脳会談の実現について「日本側は初めて魚釣島に主権争いがあることを認めた」と見出しを掲げて報じた。懸念したとおり、一目にして「中国という強国に弱小日本が折れてきた」ことがわかる見出しである。

それでも、記事は一定の希望を醸し出していた。「4つの合意文書は中日関係の未来への発展に1つの良好な政治的基礎を打ち立てることができた」などとする専門家による前向きなコメントを紹介していた。中国中央テレビ(CCTV)も「良好な雰囲気づくりが重要だ」とするメッセージを繰り返した。

いざ対面、一転して
論調は後ろ向きに

他方、日中首脳会談は予定されながらも、「スケジュールは未定」という状態が続いていた。10日早朝、テレビではプーチン大統領との会談を含む、APEC期間中の習主席のスケジュールが報じられたものの、そこには日中首脳会談は織り込まれていなかった。

同日午後、上海市民が持つスマートフォンに微博が配信した「握手シーン」が流れてきた。安倍首相と対峙しながら「会いたくない」とでも言うような習国家主席の顔つきは、瞬く間に大衆の呆れ笑いを誘った。ロシアや韓国の首脳を迎える「笑顔」の画像も貼り付けられ、日中関係の悪さが余計に強調された格好となった。

「顔つきを見れば心の状態がわかる」ということを意味する「出売」(裏切りという意味もある)という言葉が、即時に両首脳の対面を形容するキーワードになった。

その晩の討論番組では、対話が再開されたとはいえ「国民感情を傷つけることは許されない」「門を開いたからといって、何でもありというわけではない」など、一転して後ろ向きな議論が展開した。司会のアナウンサーも険しい表情で、「表情を見よ、態度を見よ、その厳しい表情から何を読み取るのか」と、再び空気を凍らせた。

筆者は折しもこのとき上海にいた。日本側では「首脳同士は手を握りたいが、中国は内政に配慮し対外強硬路線を続けている」とし、中国はあくまで改善に前向きである、とする解釈が強い。対外強硬路線の裏には、2年目を終えた習近平政権の基盤強化がある。

在中国日本大使館の元大使である宮本雄二氏は、先ごろ都内で行われたセミナーで「中国は日本を悪役に仕立て上げ、それを懲罰する偉大な指導者であることを国民にアピールしている」とし、「外交は内政に乗っ取られた」との憂慮を示した。それでも日本では、会談が実現すれば、少しはよくなるだろう、との期待が広がっていた。

だが、10日以降、習主席が見せる一連の日本の首脳への態度は「楽観するな」とでも言いたげな冷ややかさが際立った。幸先の良さを期待させるどころか、少なくとも中国では、関係改善は「まだまだ遠い」という印象を強くさせるものとなった。

「APEC的客人」と
度を越した国内向け演出

このように印象付けたのは両首脳の握手シーンだ。

映像が映し出すホスト役の習主席は、ゲストである安倍首相を10秒間とはいえ棒立ちにして待たせ、対峙しても握手の手を差し伸べようともしない上、終始無言だった。さらに、中国のメディアはプーチン大統領やパク・クネ大統領を中国の「客人」として扱ったが、安倍首相については「APEC的客人」と極めて限定的に扱った。

メディアも無視を決め込んだ。日中首脳会談についての報道はほとんど隅に押しやられた格好だ。通常であれば、日中間の話題は日に何度も繰り返し報道されるが、今回はほとんどそれがない。それに比べて、同じ首脳会議でもプーチン大統領との会談ばかりが繰り返しクローズアップされた。

善意に解釈すれば、国内の反日派に気を遣いすぎてこのような態度になってしまった、ということだろうが、しかしあの態度は客人を招くホスト役においてふさわしいものではない。「客人」を大事にする中国ならばなおのこと、もしこれが逆の立場だったら、中国は「メンツを潰された」とばかりに激昂し大騒ぎするだろう。

上海在住の論語の研究家は厳しく断じる。

「論語に『苟志于仁矣 無志悪也』(苟も仁に志せば、悪無きなり)』という言葉がある。仁を志す者に憎む者はいない、という意味だが、中国のトップは仁がないという印象を国内外に与えてしまった。『己所不欲勿施于人(己の欲せざるところ人に施すなかれ)』の観点からも大失敗だ。だが、残念ながら、これが、中国の現状なのです」

習主席といえば、就任当初の憶測と打って変わって、今やその評判は上々である。「胡・温ペアの執政に比べ習・李ペアは相当期待できる」(中国の政府関係者)、「理性的な人物、日中関係改善も真剣に考えていたようだ」(中国の法曹界関係者)など、悪い話は聞かなくなった。だが、その期待も過剰だったのか、あの態度は良心ある上海市民からは信頼感を遠のかせた。

日本企業は関心なし、
上海市民もまた無関心

一方、上海を中心とする一部の日本企業の日中首脳会談への反応だが、意外なことに「ほとんど無関心」を印象付けた。日中関係の改善は、在中の日本企業が何より望んでいたことではないか、と認識していた筆者にとっては拍子抜けした感じだった。

上海ではもとより政治意識は低い。だが、現地に長期在住する日本人になるほど、あるいは逆に日中ビジネスに長く携わる中国人になるほど、日中関係の起伏にはすでに免疫ができている。また、考えてみれば、いまどきこの逆風の中国に残っている日本企業といえば、よほどの商機を見込む大企業か、腹をくくって根を張る中小企業である。撤退が進んだことで淘汰が進み、ここで頑張る日本企業は相当タフな存在だとも言えるだろう。「政治に左右されない民間ビジネス」に自信を持ち、「政治は語るに及ばない」とする態度が目立つのだった。

他方、一般の上海市民もまた「無関心」だった。ニュースを見ていないという人も多かった。実際、ほとんど報道されてないのだから無理もない。また、筆者が面会した日中間のビジネスに携わる経営者のひとりは、「領土問題がある限り、関係改善に明るい兆しは見出しにくい」と否定的だった。

この1週間、日中関係の改善については「やはり難しい」という結果を改めて突き付けられた。会見に先立ち呼びかけられた「良好な雰囲気づくり」もいつのまにか消えてしまった。上海の地元紙は会見を「二国間関係の改善の第一歩」としながらも、「歴史問題、領土問題の戦いは続く」と態度を崩していない。

習主席の“仏頂面”が告げるのは、日本には国内向けにいまだ外敵を演じてもらいたい、そんなメッセージなのかもしれない。だとしたら今後すぐに「友好」に転換することはないだろう。また、中国がここまで成長した今、「80年代の蜜月」に戻ることも考えにくい。ぬか喜びは禁物だが、それでも何らかの変化は期待したいものだ。

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