なぜNYにベンチが多いのか

画像の説明 ■特派員リポート 

ニューヨークに住んでいると、つい、身近なあれこれを東京と比べたくなる。

清潔さ。これは東京の勝ちだろう。マンハッタンでは街角によくゴミが散乱しているし、地下鉄の構内で巨大なネズミと遭遇することもある。

治安。全米指折りの安全な大都市と言われるようになったとはいえ、犯罪の少なさに関しても東京の圧勝に違いない。

一方で、これは絶対にかなわない、と思うこともしばしばある。

その一つが、「ベンチ」だ。

ニューヨークの公園には、ベンチが異常なほど多い。例えば、マンハッタンの真ん中を占めるセントラルパークでは、休日でも昼食時でも、容易に空きベンチを見つけることができる。市公園局によると、園内には9千脚以上のベンチがあるという。

ほかの公園でも同様だ。市中心部のミッドタウンにあるブライアントパークには、折りたたみ式の椅子とテーブルがあふれんばかりに置かれており、昼時にはニューヨーカーや観光客らがデリで買ったランチを食べている。ここでもまた、椅子争奪戦の競争率は決して高くない。

友人とランチを食べていた男性(46)に聞いてみた。

「確かに、このベンチの多さは尋常じゃないね。この公園で、空きベンチを見つけられずに困った記憶はほとんどないよ」

なぜ、そんなにベンチが多いのか。背もたれを見てみると、金属製のプレートが張り付けられているものがある。それも、あちこちに。

プレートには例えば、こんな言葉が刻まれている。

「マイクの50歳の記念に、家に近いベンチを。愛を込めて、ベンとルイーザより」

「シャーリー、妻として、母親として、祖母として、才気あふれ、思いやりがあり、輝き、愛された人」

これは、「アダプトベンチ」と呼ばれている。「養子縁組ベンチ」とでも訳せばいいだろうか。

1986年に始まった基金で、例えばセントラルパークでは7500ドル(約80万円)を寄付すると、好きな文章を刻んだプレートを、既設ベンチに付けることができる。また、2万5千ドルを出せば、特製の手作りベンチを好きな場所に新設することも許される。

セントラルパークでは、このアダプトベンチ基金によって、全体の3分の1のベンチが市民の寄付でまかなわれているという。値段は違うが、市内のほかの公園でも同様の仕組みがある。市民の寄付によって設置されるベンチが、さらに街を愛する人を増やしていく。素晴らしいことだと思う。

ベンチが多いのは、公園だけではない。

マンハッタンを南北に貫く目抜き通り、ブロードウェーの一部を歩行者専用にし、そこにベンチやテーブルを置く計画が始まったのは、前ブルームバーグ市政の2009年だ。交通渋滞が激しくなるという懸念の声をものともせず、今では「世界の交差点」タイムズスクエアにすら、無料のベンチとテーブルがある。人々が無料でくつろげる場所を作ろうとするニューヨーク市の熱意、驚くばかりである。

トム・グラハムさん(64)とシンディーさん(57)夫妻は、タイムズスクエアの真ん中に置かれたベンチで日光浴をしていた。「西海岸からニューヨークに引っ越してきたんだけど、この街でこうやって座って過ごすのが大好きなんだ」とトムさんが言えば、シンディーさんは「地下鉄を降りて地上に出るとすぐにこんな場所があって、くつろげる。最高ね」と話す。

トムさんは日本を2度、訪れたことがあるという。「東京もエキサイティングな街だよね。高層ビルがあり、素晴らしいレストランがある。でも、こういう公共の場で、みんなが無料でくつろげるベンチやテーブルは、あまり見かけなかったなあ」

ほかにも、地元住民が市に申し込んでバス停や商店街にベンチを置く事業や、レストランが資金を出して店の前に誰でも座れる椅子を置く計画が動いている。市全体のベンチの総数は不明だが、たいへんな数に上りそうだ。

なぜ、これほどベンチにこだわるのか。以前、ニューヨーク市観光局のトップに話を聞いた時、こう語っていたのが印象に残っている。

「旅行者の多くは、お金をかけずに歩いたり街並みを眺めたりするのが好きなんだ。それには、疲れた時にちょっと座って休んだり、軽食をとったりする場所が必要になる。ニューヨークは『グレート・ウオーキング・シティー』なんだよ。その点、東京はどうだろうか」

うーん、東京は……。答えに詰まった。

ところで、米国から日本を訪れる観光客の数は過去にないほど伸びているのだという。日本政府観光局(JNTO)ニューヨーク事務所によると、2014年上半期、米国からの訪日客数は44万6千人に上り、同期過去最高を記録した。米国人海外旅行客全体の伸びに比べても突出している。

「東南アジアなどからの訪日客が増えているので目立ちませんが、米国人の日本旅行への関心はたいへん高まっています。円安の追い風、震災復興の好イメージに加えて、日本文化や日本食への興味が後押ししているようです」と同事務所の田中由紀所長は話す。

ただ、増加の一方で、「何度も訪れるリピーターより、初めて日本に行く人が多い」のも特徴だという。

日本の観光に東京は欠かせない。2020年の東京五輪を目の前にして、何度でも東京を訪ねたいという人たちをどう増やすか。即効性はないかもしれないが、市民を巻き込んで街中にベンチを増やしていくというニューヨークのアイデア、一考の価値はあるのではないか。

訪問者に好きになってもらうには、まず住民たちが街を愛する必要がある。訪れた人に優しい都市は、そこに住む人にとっても優しい。

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