中国・オルドス、

画像の説明 中国不動産バブル崩壊の象徴は、

"廃墟都市"観光のメッカ

中国の「鬼城(ゴーストタウン)」といえば、なんといってもオルドス(鄂尓多斯)だ。内モンゴルの無名の都市は、米誌『タイム』が2010年4月5日号に掲載した「中国の爆走建築ブームの中で」という記事によって一躍、世界にその名を知られることになる。その様子はたびたび日本のメディアでも報じられているが、百聞は一見に如かず、訪れたひとはあまりの光景に唖然とすることは間違いない。

オルドスは空港もオーバースペック

オルドスを訪れるには、オルドス空港からタクシーで市内に向かうか、内モンゴル自治区の省都フフホト(呼和浩特)から長距離バスに乗るか、どちらかだろうが、ここではオルドス空港からの“観光”ルートを紹介したい。

オルドス市は実は現代建築の隠れた名所で、オルドス空港もカナダの建築集団B+Hアーキテクツがデザインした超モダンな建物だ。2013年の拡張工事では年間の乗降客1200万人を想定し3200メートルの滑走路を新たにつくったが、空港内は写真のようにがらんとしている。それもそのはずで、現在は出発・到着便合わせて1日70便程度しか就航していない。これでは年間300万人がせいぜいだろうから完全なオーバースペックなのだ。

オルドス空港は旧市街(東勝)まで50キロほど離れているが、公共交通機関はないのでタクシーを使うほかない(タクシー料金は、新市街に寄ってもらって200元(約3400円)ほど)。

空港を出ると、いきなり高層マンション群が現われる。だが、こんなところで驚いてはいけない。

空港と旧市街のあいだには黄河の支流ウランムリン(烏蘭木倫)川が流れている。オルドス市政府はわざわざここに巨大な橋をつくり、川の対岸に新空港を開いた。内モンゴルはほとんどが痩せた牧草地帯で、旧市街の周辺にも空港に適した土地はいくらでもあったのに、なぜわざわざこんな不便な場所に選んだのだろうか。それは川の両岸に新しい都市をつくるためだった。

タクシーの運転手が“絶景ポイント”として連れて行ってくれたのは、ウランムリン川に面した遊園地だった。小さな観覧車と、木馬やコーヒーカップなどの遊具がある。その日は日曜だったからか、近所のひとたちが数組、子どもを連れて遊びにきていた。

最初に気づいたのは、バスケットコートの下にずらりと駐車されているナンバープレートのない青いタクシーだ。タクシー会社が破綻して、車の置き場所がないのでここに放置されているのだという。

ほとんど客のいない遊園地を抜けるとウランムリン川が見えてくる。白い遊覧船が係留されているが、もう何年も使われていないらしくあちこちが錆びている。

川岸からの光景は、まさに「息を呑む」としかいいようがない。見渡す限り、はるか遠くまで高層マンションが建ち並んでいるのだ。

オルドス市は、内モンゴルの半分、中国の6分の1にあたる毎年5億トンの石炭を生産している。90年代後半にエネルギー価格が高騰するとそれまで貧しかった街に莫大な富がもたらされ、一時は1人あたりGDPが北京市に次ぐ全国2位になった。石炭開発会社や市政府の役人はもちろん、鉱山の地権者である農民(遊牧民)にも巨額の補償金が支払われ、多数の千万元長者、億元長者が生まれた。

石炭の売上だけで毎年3兆円も収入が入ってくるようになって、オルドス市政府は大規模な不動産開発に着手する。こうして生まれたのがウランムリン川畔の新市街、康巴什(カンバシ)新区だ。

オルドス市の計画は、ここに市政府の行政機能を移し、超モダンな文化・経済都市をつくりあげることだった。石油と石炭という原資のちがいがあるだけで、発想は中東のドバイと同じだ。

オルドス市はまず、中国の著名な現代美術家・建築家の艾未未 (がい・みみ。中国語でアイ・ウェイウェイ)の指揮のもと、「オルドス100」プロジェクトを立ち上げた。これは中国内外から100名の建築家を集め、さまざまな特徴を持つ住宅街を100カ所建設するというとてつもないプロジェクトで、その片鱗は新市街に点在するさまざまな現代建築に残されている。

新市街を歩けばすぐにわかるが、一見きれいにつくられたマンションも、近づいてみると内部ががんどうだったりする。建築途中のまま放置された住宅街や高層ビルもあちこちにある。

こんなことになった理由はものすごく単純だ。

オルドス市は当初、石炭バブルによる人口の急増を理由に100万人が住む新市街を計画した。しかし実際には見栄えのいい上物ができただけで、生活に必須のスーパーマーケットやショッピングセンターなどはなく、市政府の役人の多くは毎日、約30キロ離れた旧市街から車で通っている。

だったら地道に生活インフラを整えていけばよかったのだが、そこが面子を重んじる中国型社会主義の限界で、市政府は当初の計画を修正できずに大規模な高層アパートを建設しつづけた。その結果、新市街の住民は3万人程度(建設労働者などを除けば実数はその半分ともいう)しかいないのに、100万人分の住宅ができてしまった。これでは大半が空き家になるのも当然だ。

開発を始める前、オルドス市の旧市街・東勝区の人口は約30万人だったから、住民1人あたり3戸のマンションを保有する計算になる。もともと荒唐無稽な開発計画だったのだ。

しかしこれだけでは、ほんとうのオルドスを体験したとはいえない。“廃墟観光”のメインイベントは夜まで待たなくてはならない。

ほとんどのひとは東勝区(旧市街)のホテルに泊まると思うが、名物の羊料理を食べたあとはタクシーを借り切ってぜひもういちど新市街を訪ねてみてほしい(往復で300元、約5000円程度)。

橋を渡ると、南側の高層アパート群に出る。どこでもいいから、そのひとつ覗いてみよう。

私が訪れたのは午後8時前だが、下の写真にあるように300戸ほどのアパートで電気のついている家は3~4軒しかない。中央に見えるのは地下駐車場への入口だが、途中で建設を止めたらしく閉鎖されている。正門には警備員の詰所があるが、そこも半ば崩壊していた。

写真を撮っていると、バイクに乗った住人が1人戻ってきた。私のような物好きがときどき訪れるのだろう、気にするふうもなくバイクを停めると薄暗い玄関に入っていった。

あとで聞くと、ここの住人のほとんどは元の地権者で、土地の使用権を市政府に譲り渡す代わりに新しくできたアパートの居住権を手に入れた。彼らはほかにいくところがないので、どれほど不便でも鬼城に住むしかないのだ。補償金のすべてを不動産投資にあててしまい、数件のマンションを保有しているひとも多いという。

どうせならすべての住人をひとつのアパートに集めればいいと思うが、そうすると事業の破綻が明らかになってしまうので、数軒の住人のために電気やガス、水道を通し、一晩じゅうライトアップしているのだ。

周囲に生き物の気配はなく、もの音ひとつしない夜に、住人のいない高層アパートがえんえんと続く。片道4車線の広い道路に車はほとんど通らない。ゴーストタウンとはまさにこのことで、ゾンビ映画の撮影にはぴったりだ。こんなシュールな光景は、ほかではまず見られない。

オルドスの都市開発の異常さは、旧市街(東勝区)に戻るとよくわかる。下はホテルの裏手で撮影したものだが、このように旧市街の周辺でも大規模な高層アパートが建てられている。さらには街の中心には、建築途中で放棄された巨大な高層マンションが聳えている。市街地はいくらでも拡張できるのだから、オルドス市政府にはそもそも新市街をつくる必要などなかったのだ。

なぜこんな無軌道な開発計画が許されたのだろうか。

私を案内してくれたタクシー運転手の説明では、内モンゴルは自治区なので他省に比べて中央の統制が効きにくく、さらにオルドス市は独立区のようになっていて、フフホトの自治区(省)政府も開発計画を止めることができなかったのだという。ちなみに地元のひとたちはみな不動産の状況について実によく知っていて、どのタクシー運転手も地域ごとの不動産相場を即答するばかりか、建築途中で放棄された建物を見て「市政府の役人が賄賂を取りすぎて資金が足りなくなったんだよ」と当たり前のように説明してくれる。

オルドス旧市街の不動産価格は1平米7000~8000元というから、標準的な3LDK(100平米)の物件で約1300万円。新市街のゴーストタウンは1平米3000元で、同じ3LDKの物件が約500万円になる。売り出し直後は1平米1万元(一戸約1500万円)だったというから、価格は3分の1に下落したことになる。

オルドス市が壮大な不動産開発計画をぶち上げた当時は、中国は高度経済成長のユーフォリアの只中で、ひとびとは不動産に投資しさえすればいくれでも儲かると思っていた。そのため冬は氷点下40度を下回るこんな辺境でも1000万元(約1億6000万円)から2000万元(約3億2000万円)もする超豪華な一戸建てが飛ぶように売れたという。こうした物件のなかには建築が途中で止まったものあり、資産価値はかぎりなくゼロに近い。

石炭バブルであぶく銭を手にしたひとたちは不動産投資に熱狂し、その挙句、彼らの資産は鉄とコンクリートのゴミと化してしまった。現地ではそんな投資家の自殺の噂が絶えない。

投資家に販売できなかった物件は不動産開発会社の負債となるが、それは融資をした銀行の不良債権でもある。事業が頓挫して不動産開発会社が倒産すると銀行経営も成り立たなくなり、金融危機が起きれば市政府の幹部の責任が問われるから、石炭からの収入を注ぎ込んで事業を維持し、ゾンビ会社を生かすために銀行に追い貸しをさせるしかないのだ。

こうした状況は、バブル崩壊後の日本の金融機関となにも変わらない。同じような立場に置かれたとき、人間の考えることに国や文化によるちがいなどないのだ。

中国・オルドスの不動産価格はどこまで下落する?

オルドスの不動産価格はどこまで下落するのだろうか。

私を案内してくれたタクシー運転手は、「いまの半値になったら買ってもいいかな」といった。中国人の不動産信仰はまだまだ根強いので、外国人から見れば廃墟同然の物件でも、3LDKで200~250万円ならそれなりに買い手がつくかもしれない。もっとも大幅なディスカウントは銀行の不良債権を顕在化させてしまうから、オルドス市の財政がそれに耐えられるとは思えないが。

地価の下落で一般の住民が空室のアパートを購入できるようになっても、不動産在庫に比べて圧倒的に住人の数が少ないのだから、大半は空室のまま放置され、いずれは解体・廃棄を余儀なくされるだろう。オルドス市は工業団地への大規模な投資も行なっているが、こちらも鬼城状態になっているという。

2007年に900億元(約1兆4000億円)だったオルドス市の固定資産投資額は2012年には2500億元(約4兆円)まで拡大している。大規模な不動産開発投資の原資は石炭しかなく、その価格が下落すると市の財政はたちまち逼迫してしまう。実際、石炭の国際価格は2011年の130.12ドル/トンに対して2014年は79.28ドル/トンと4割も下落している。オルドス市の石炭会社35社のうち17社がすでに生産を停止しているともいう。中国のメディアは、オルドス市は1000億元以上の負債を抱え、中国の地方政府としては初の財政破綻の瀬戸際にあると報じている。

こうした状況を考えれば、オルドスへの“廃墟観光”は急いだほうがいい。いつまで橋や建物のライトアップが続けられるかわからないからだ。

ゾンビ映画の撮影にぴったりの鬼城は、市政府や銀行、不動産開発会社、投資家など“ゾンビ”の群れによってつくり出された。この常軌を逸した開発計画は、「人類の愚行の記念碑」として世界遺産にも値するだろう。

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