8月

1images 暑い日が続いています。

皆様にはどうかご自愛いただき、健康でこの夏を乗り切っていただきたいと思います。

8月といえば昭和16(1941)年8月1日、米国は日本およびその経済圏への石油の輸出を全面禁止した日です。つまり、日本はこの日、石油の輸入を絶たれたのです。
こういうことが国際政治の中では現実に起こりうるということを、日本人はもっと自覚すべきです。
なぜなら、それはほんの少し前に、私たち日本の現実になったことだからです。

石油がなければ、国内のあらゆる産業も軍もまるで壊滅します。だから日本は、戦争に踏み切らざるを得なくなりました。もうひとつ言いますと、米国はこのとき同時に満州国へのリン等の農薬原料の輸出も、全面的に禁止しています。当時の日本は、大豆などの食料を満州からの輸入に頼っていましたから、この日、日本は、食も絶たれています。

石油もなく、食べ物もなく、1億が座して死を待つのか。それともなんとかしようと政治にできる最大の努力をすべきなのか。そういう選択のときが、現実になったのです。

米国は、見かけ上は対日制裁という建前をとっていますが、日本はそこまで追いつめられれば戦争に踏み切らざるをえません。けれど日本と米国では、国力が違いすぎるのです。しかも石油を絶たれたら、日本は戦争さえもできません。だからこそ、なんとしても戦さを避け、なんとかして和平の道を開こうと日本は努力していました。けれどそれに対する米国の回答が、石油や食料生産の材料の全面禁輸だったのです。

これは、いまから73年前の出来事ですが、歴史は繰り返します。こういう現実が「ある」ということを、私たちは知っておく必要があります。それが国際政治だからです。

いまの状況で、米国との関係悪化はあまり考えられません。しかし、もし米国が日本を見捨て、中共や韓国と組めば、これは現実になります。日本は孤立し、支那韓国の反日運動によって、日本は支那、韓国、米国とのあらゆる貿易取引を一切禁止される可能性は、ないとは言えないことなのです。

支那や韓国については、むしろ不良品や、不逞韓国人が日本に入って来なくなるということは、むしろ望ましいというご意見があるかもしれません。
ところが日本は、韓国がまだ貧しかった時代に、韓国経済をなんとかして助けてあげようと、中東から大型タンカーで運んで来た石油を、全部、いったん全部韓国の釜山に陸揚げしています。
そして、小型のタンカーに積み替えて、日本に運び込んでいます。

なぜこういうことをしたかというと、韓国に陸揚げして、積み替えれば、荷役料が発生し、その手数料が全部韓国政府の収入になります。日本はその分高値の石油を仕入れることになりますが、国内に大型タンカーを横付けできる港を建設しようとすれば、国内の左翼の運動によって、法外な用地買収や漁業権の補償問題が発生します。

ですから、韓国政府の財政を助け、同時に日本国内での左翼による揉め事を避けるという意味で、そのような体制ができあがり、いまも続いています。

つまり日本が韓国と国交断絶すれば、日本の大型タンカーは釜山港に付けることができなくなる。
そうなると日本は、日本の港に付けることができる中小型のタンカーで、中東から石油を運ぶしかなくなります。ところが中共が日本と完全敵対すると、日本はその石油を運ぶための海上ルートを閉鎖されてしまうのです。すると日本から石油が消えます。

ただ、原発反対運動で、電力を火力に頼る現状では、日本はどうしても大量の石油が必要で、韓国が異常に日本に対して強気の姿勢を崩さないのも、実は、日本の原発が停止した状態にあって、なおかつ日本への石油を自分たちが押さえているという自信があることが背景になっています。

なぜそうなるかというと、それが「現代の戦争」だからです。これはかつて石原莞爾が完全予測していたことですが、核の時代になると、大国同士の武力衝突は起こりません。
相手国を核攻撃すれば、自国も同様の被害を被るからです。そして武力戦争は、局地戦やテロにシフトし、戦争の主体は武力戦から情報戦に移行します。

日本の原発稼動に反対し、火力発電に頼らざるを得ない状況を作り出し、その一方で日本のシーレーン(海上輸入ルート)を塞ぎ、大型タンカーの接岸を人質にとっておく。すると日本は、いかなる理不尽な要求であっても、中共や韓国の言うことを聞かなければならなくなってしまうのです。

そのために大量の工作員を日本に送り込んで、メディア等を煽って原発反対を説かせ、デモ参加者にカネを渡し、一方で軍事的に南シナ海を押さえてしまう。そして日本から、ありったけのカネをむしり取る。これが現代の戦争です。
ヤクザと同じなのです。相手が弱いとみるや、どこまでもしゃぶりつくす。それが国際政治です。

日本は、どこまでも「和」を大切にする国ですが、和というのは相互に「平和と共存」を求めようとするところに芽生えるものです。
エゴによって日本をないがしろにし、カネだけをつり上げようという強欲に対しては、むしろ和を持とうとすることが弊害を生むことさえ起こします。

日本は、どこまでも和を大切にこれまでの国交をしてきました。
けれど、ときには心を鬼にして、切るべきものは切らなければならないし、世界に向けて強気の発言が出来るだけの日本の安全保障力を強化していかなければなりません。

石油が絶たれた日、それを再現することがあってはならないからです。

そこまで追いつめられてからでは遅いからです。

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