images (1)
酒を飲むのに3つのタイミングがあるという。
「うれしいときに」「悲しいときに」「その他のすべてのとき」。阿刀田高さんの『小説ウイスキー教室』は、しっとりした筆致で酒のたしなみ方に触れている。「その他」はユーモアとして、同じ一献を傾けるなら喜びを富ませ、悲しみを薄める酒に越したことはない。
 ▼日本の穏やかな風土にあっても、酒は人々を惑わせてきたらしい。『日本書紀』に、お上からの禁酒令を思わせる一節がある。大化2(646)年3月の項に「美物と酒とを喫(くら)はしむべからず」。時の為政者にとって、酒食は農耕の民を誘惑する大敵だったか。
 ▼いまは時宜をわきまえぬ酒が、惨事を招く時代だ。北海道小樽市では酒気を帯びた男がハンドルを握り、女性4人を死傷させた。「事故さえ起こさなければ大丈夫」と男は供述したそうだ。埼玉県川口市では、女性を車で1キロ以上も引きずった男が、飲酒を認めたという。この女性も犠牲になった。
 ▼平成11年に東名高速で女児2人が亡くなった事故、8年前に幼児3人が巻き込まれた福岡市の事故。飲酒が招く惨事は重い教訓を残してきた。そこから何も学ぼうとしない愚かな飲み手が次の惨事を招き、教訓だけが増えていく。
 ▼「医」はその昔、「醫」と書いた。「酉」は酒つぼを表す。医療に酒を用いたのが由来だそうだが、「酒」の「酉」が「毒」に置き換わり、犠牲者を生む世の中は何とも痛ましくやりきれない。
 ▼「かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ」(若山牧水)。この季節、酒にまつわる秀歌は多い。酒は沈思黙考の友であり、ときに歌や詩に深みと味わいを添えてくれる。杯の底に「毒」が残るとは思いたくないが。

コメント


認証コード5747

コメントは管理者の承認後に表示されます。