法科大学院はなぜ失敗したのか 

画像の説明 法科大学院は当初の構想では、司法試験予備校中心の発想に代えて、対話型の思考力を養う教育により、7、8割の卒業生が合格するように設計するとされた。

だが、現実に法科大学院の受験者数は減少の一途をたどり、募集学生数を満たさない法科大学院の撤退が続出している。他方で、例外とされたはずの予備試験への受験生が急増しており、法科大学院の存在意義が問われている。

≪構想がはらんだ二重の矛盾≫

なぜそうなったのか。それは一つには、法科大学院構想の際に強調された法化社会の到来という新しい時代への認識と司法研修所の代替機能を持たせようという実務重視の発想との矛盾にある。

法化社会の到来は、金融・資本市場および公開会社法制のあり方が、旧大蔵省中心の護送船団型規制からルール型・市場型・事後型の発想に大きく転換したという認識を中核としている。一方で、事は司法制度改革だから司法制度全般の専門家である憲法学者、法哲学者の問題だという発想がある。二重の矛盾が、そこにある。

金融・資本市場規制の理念は市場の成熟度に応じて、産業警察的取り締まり→保護育成→市場規制という具合に刻々と変わる。資本市場と一体で機能する株式会社制度も本来の意義を発揮する時代となる。法化社会とはそうした規制理念変化の時代を表す言葉だ。

ここでは、昨日まで通念とされてきた基本原理自体の根本的な見直しが避けられない。欧米の失敗の経験を消化した、日本の規制のあり方を構築する理論ないし学問の研究の深化と並行して、新しい時代の論理を身につけた法曹を育成する-。いわば本格的な研究者の養成とともに、法科大学院構想は推進されるべきであった。

証券不正・会社不正などが時々刻々と起こる事態に備えて、ルールメーキングとエンフォースメント(執行)も時々刻々と変化し得るような、英国で言う〈打てば響く規制(responsive regulation)〉の実現こそが優先課題なのである。

≪理論より実務重視の果てに≫

しかし、バブル崩壊後の日本で一つは緊急経済対策、平たくいえば株価対策と疲弊した企業への手厚い支援策、起業や事業再生という、いわば病人対策としての規制緩和がひたすら追求された。

規制理念が変わったからといって、昨日まで見逃されてきたことを、今日から急に犯罪だとして端から摘発することはできない。結局、損失補填(ほてん)、飛ばし、公開買い付けにかかる三分の一ルールの脱法、大量保有報告書制度に関する脱法、損失隠し金融商品、不公正ファイナンスなども、実行されたときには違法ではなく法改正で初めて違法になる。書かれてなければやってよいという法運用がまかり通った。それを訴訟で争うような論理も、米国に備わる強力な法的武器もないのだから、法曹が増えても活躍する需要はない。

一方で、法科大学院構想は司法研修所機能の代替を制度設計上組み込んだ。ここでは、民法の要件事実や訴訟手続きといった、ほぼ固まった知識や実務を徹底的に教え込もうとする。「経験」と「実務」が通用する世界である。もともと司法研修所では企業法制や経済法制は基本的に教えない。
かくして、研究者は法科大学院修了後に養成すればよいとされ、理論より実務ということで研究者養成は著しく軽視された。現に、東大、京大、一橋大で、基礎法を除く大学院修士課程が廃止された。

本物の実務家は研究や理論を重視し尊重すべきことを分かっている。だが、実務や経験という自分の土俵の知見だけで、真の法学教育者になったと思い込み、法学部など要らないといったような、驕(おご)れる実務家が大量発生した。

≪研究者養成に壊滅的な打撃≫

法科大学院の所属教員は、大学院後期課程の授業を持ってはいけないとか、修士課程すら持てないという風にされた。法科大学院は各大学の研究者養成に壊滅的な打撃を与えたのである。日本人の法的センスを涵養(かんよう)する法学部を大幅に縮小しつつ、裁判員制度も実施された。要は、こうした重大な犠牲に見合う司法試験合格者3000人なのか、ということだ。

規制理念が刻々と変化する金融・資本市場・公開会社法制の世界で、実務と経験だけを振りかざせば、新しい理論が求められているときに、旧理念の下での経験や実務、例えば、地上げやMOF(大蔵省)担時代の、経験や実務を評価することになりかねない。

司法試験科目も、司法研修所の発想が前提であるために、会社法の資本市場と一体の部分も〈民事法科目〉とされた。金融商品取引法は選択科目ですらなく、会社法は金商法が絡むと基本的に出題できない。世界中で誰もが最も重視する有価証券報告書を学ばない法曹が日々、生産されている。

以上の背景から、現在、多くの法科大学院が撤退を余儀なくされている。それは決して、現場で奮闘している教員や学生たちの努力不足によるものではない。そのことは関係者に強く訴えたい。

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